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あの日から2年間 生き様をを考える


 あの日から2年間 、あの前日は山クラブで、10日は大高森、野蒜海岸へ出かけていた。たった1日違いなんだけど、永久の地球の歴史からみれば、ほとんど同じの紙一重だ。助かったなと思う。過去、400年前は慶長の大津波、さらに貞観の大津波 そんなことは書物の中に書いてある事だと思っていたが、現実に目の当たりに経験してしまった。
 阪神淡路大震災の時は尼崎にいた。幸い、建物は大丈夫だったけど、道路はひび割れて愕然とした。今回、依然と決定的に違うのは原発事故だ。徒に核の実を取ろうとしたばかりに、反撃を食らった。
「(河北新報)引用 :死者は1万5881人、行方不明者は2668人。震災関連死2303人を含め、犠牲者は2万852人、今なお約31万5000人が仮設住宅などで避難生活をしいられ、福島第一原発事故の避難者は帰郷のめどが立たない。」
壁に今でも貼ってあるのは「 2011年11月の河北新報、放射性物質セシウム134、137の蓄積量
見えてきた放射能汚染」 
 40年ほど前、福島第一原発で仕事をしたことがある。まだ2号機の建設の頃かな。仙台から車で2時間ばかり、まだ高速道もなく、6号線の田舎風景を見ながら走ったものだ。あの時、眺めた懐かしい風景はどこへ行ってしまったのか? 
原発いらない!! いますぐ廃炉!!
子どもや私達の未来と健康を守るために、これからも一歩ずつ未来を信じて。

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